20061025

20061025-kenobi*167 ソフトバンクの携帯戦略

ソフトバンクがやりましたね。

うーん、果たして料金的にどうなの?というところはあるのだが、広告効果や話題性としては、今回のプロモーションは見事だったのではないだろうか。

否が応でも各メディアがこぞって取り上げるタイミングでの話題独占を狙った発表。
翌日の新聞には広告ではなく、「記事」として取り上げてもらうコストパフォーマンス。これ以上のパブリシティーはないやね。

他社のこれまでの広告展開の効果をたった1日で薄れさせたからね。
ま、、イケイケドンドンなのはどうかとも思うけれども。

それに見合うだけのインパクトも出してきたしね。

だから、孫さんじゃなくて、イケメンの広報とかをたてなさいってば(笑)。

20060928

20060928-kenobi*156 さあどうしようか

携帯電話を変えたい。
とりあえず、携帯で取った写真をブログにアップしたりしたいから、その辺のシステムが楽な携帯を。
テレビはどうでもいいけど、ラジオが聴けるやつがいいなあ。

キャリア変更、機種変更・・・いろいろあるけど、メリットとデメリット様々。
ちょっといろんなキャリアのホームページを見たけれど、携帯電話の機能でわからないものが多い。ちょっとうんざり。

カメラ・通話・メール・時計・ラジオ
それだけあればいい気がする。

ムダが少なく、なるべく軽いやつ。バイブレーションが強いやつ。

なんか、結構絞り込まれてる気もするけど(笑)

20060907

20060907-2 kenobi*147 こわいよー・・・

とある有名人のブログが、とある件で大炎上している。

そのブログの内容どうこうの意見はあるが、ここには書かない。

書きたいことは、ブログの炎上を見ていて感じた事。
そして、当たり前だと思うこと。
以前にこのような文を書いたが、それにも関連して。


人のブログにいって、コメントを書く時に、反対意見や同意の意見を書くのはごく一般的なことだと思う。
そこまでならいいんだけど、
『書いている人間(管理人)の人間性への批判』
『あまりにも感情的な言語の使用』
『差別』
『コメントに対しての更なる意見』
これらをやってはいかんと思うのよね。

繰り返すけど、当たり前のことだよ。だよね?

今回の大炎上。コメントの多くが上の4つの要素で満たされている。

(※もちろん原因はあるし、参考になるコメントもいい意味悪い意味双方であった事も併記しておく。)

コメントを書いている人の意見が主張されているのならまだしも、まったく見受けられずに「バカ」だの(更に反吐が出そうな書き込みもあった)なんだのと書いている輩。
・・・まあ、だから炎上なんだけど。
不愉快極まりない。
どこかの大きな掲示板があおったんだか知らないけど、ネチケを意識しているしていない以前の問題。

というか、『こんな事を平気でできる人がいるんだ』という事に恐怖を覚えた。

どうなんだろう。あそこに書き込みしている人には、頭のおかしい(あえてこの表現をつかう)人しかいないんだろうか。

そうではない気がする。

過激的な言葉をネットで使っている人々は普段、何食わぬ顔で社会生活を送ってはいないだろうか。
匿名性をいい事に、しかも顔が見えないネットである事をいいことに、人間の深層にある攻撃的な部分が『顔を出して』(何をうまい事言おうとしてるんだ俺は)しまっているんではないだろうか。

ブログって、難しいよなぁ。

20060717

20060716-kenobi*124 めずらしく社会・政治

・採択

日本人外交下手すぎ!!余計に舐められるぞ。スペシャリストとかいねぇのか。


・秋田の殺人事件
悲しすぎる。いいたかないけどおばあちゃんは何にも気付いてなかったのか?
そして、2ヶ月以上もの間騙され続けた周囲。これだけの事件で社会が騒いでるのに、真相究明に偉く時間がかかった警察。


・・・なんだろうな。腹が立つ事ばっかりだな。


―――――――――
高校野球で、合併チームが出場したとか、高校3年生の監督がいる、とか、そういう話がやっぱり好きだなぁ。
うーん、スポーツなのだろうなあ、やっぱり。

20060622

20060622-kenobi*108 オランダ人の名前って・・・

ワールドカップのオランダ選手の一覧を見てると

ファン・ニステルローイ
ファン・ペルシー
ファン・デル・ファールト
ファン・ボメル
ファン・ブロンクホルスト
ファン・バステン(監督)
ファン・デル・サール

水泳にも「ファン・デンホーヘンバント」という人がいたなぁ。
この「ファン」は、名前ではなく、名字の一部。
ちょこっとネットで検索してみたら、「そういう名字の傾向がある」ということだった。

ま、日本も
吉田・山田・前田・石田・上田・高田・岡田・島田・安田・・・
など、「ダ」が付く名字が沢山あるし(そういえば俺もそうだった)、「タ」も沢山ある。「井」とか「木」とかね。

ちょっとした疑問でした。


20060516

20060516-kenobi*79 「マスコミ」っていうのは間違いでした。


昨日のブログの内容だが、なかなか収まりがつかなく、友人に電話した。
よくよく考えてみると「今から俺のブログ読んで」って言う電話って、なんつー勝手さだと思うが(笑)、そのくらいおさまりがつかなかった。

友人は色々と感想を述べてくれ、ちょっと間違っている点を指摘してくれた。

まず、「バカマスコミ」と書いたが、「マスコミ」でまとめるのは違う、と。
テレビ(民放)と書くべきだったかな、と。あとはスポーツ新聞のウェブかな。

それから、「テレビは君に向けて報道しているわけではないから」といわれた。
一般視聴者に向けて放送している、と。
その点を履き違えたつもりはないが、まあ確かに、「サプライズ」といえば多くの一般視聴者には伝わるって事だわな。

ただ、俺も一般視聴者の1人。その一般視聴者の意見の中には「サプライズと言う言葉を使うな」もう少し深く言うと、「選ばれたもの・選ばれなかったものへのリスペクトが感じられない」というものはあるぞ、とは改めて言いたい。

「テレビ(民放)に期待する事自体が無意味」とは思いたくないじゃないですか。いまのままなら好きになれそうにはないけどね・・・。

報道について色々と考えさせられました。有意義だった。

20060513

20060513-kenobi*75 kenobi*70とkenobi*73に関連して

kenobi*70=ブログの危険性とkenobi*73=新庄選手の襟に関連した話。

新庄選手は、公式ブログをもってはいないようだ。公式HPは、メジャーリーグに行っている時のまま更新が止まっている。

今回の襟の問題に際して、彼は日本ハムの球団広報を通じてコメントを発表した。

新庄選手にその辺の意図があってブログを持っていないのかどうかはわからないが、これがもしもブログ(公式HP)だったらどうだろう。乙武さんのブログのように、コメントが書き込まれ続け、議論が一人歩きしてしまうのではないだろうか。
そういった意味で、彼の意見をコメントで発表すると言うのは正しいやり方だと言える。

ブログは個人の主張の場所であって、もともとは議論を重ねる場所ではないと思う。そもそもがブログ自体が議論を成立させる性格を持ち合わせてはいない。意見や反論のコメントは、時に誹謗・中傷になりやすい。

やっぱり、どうも勘違いをしている人が多い気がする。



※新庄選手の襟についての意見は、こちらのページ
http://www.blog-headline.jp/sports/archives/2006/05/shinjong.html
に、色々とまとめられているようです。(リンクがはれない・・・。)



20060508

20060508-kenobi*72 ぶつぞう


仏像。
前々から思っていて、更に先日「最澄」に行って思った疑問。

菩薩・如来・・・阿弥陀・・・観音・・・

なーんか、名詞で捉えていても、いまいちそれぞれがどういうものなのかしっかりとわかっていないな、と。
調べてみた。

まず、簡単に言うと如来は「仏」。菩薩は「如来の下で修行するもの」
で、阿弥陀とか観音とかってのはそれぞれの性格を表しているもので、阿弥陀は如来の一種。観音は菩薩の一種。但し、観音菩薩は阿弥陀如来の化身とか、いろいろとある、と。
如来には釈迦如来・大日如来・阿弥陀如来・薬師如来などがある。
※釈迦(=仏陀・ゴーダマ・シッダールタ)は実在の人物だが、仏になった、と。
菩薩には観音菩薩・地蔵菩薩・弥勒菩薩・普賢菩薩などがある。

こちらのサイトに詳細が乗っています。すごくよくわかった。

ものすごく奥が深いです。
帝釈天は四天王でないと知ったり、「韋駄天」という仏教の神もいると知ったり、七福神の中でルーツが日本にあるのは恵比寿だけだと知ったり、多聞天=毘沙門天で、福禄寿と寿老人は同じとか・・・。しかもこれらは全て、仏教とは別の宗教の神が仏教に取り込まれてこういう形にされたとか・・・。

ごめんなさい、余計にこんがらがった(笑)。
でも、興味もわいてきた。

ダ・ヴィンチコードみたいなのが作れそう・・・。

20060506

20060506-kenobi*70 ブログの性格と危険性

著名人のブログを色々と読んでいる。
その人の考え方がわかったりするもの。意外な一面が見て取れるもの。プライベートが垣間見れるもの。糧になるとはいえなくとも楽しく読めるもの。様々である。


オリックスの清原選手の「報復発言」について、乙武洋匡さんがブログで意見を書いていた。(リンクはこのブログの内容が内容なので貼らない事にする)。
清原選手の発言と、それを報じるマスコミの姿勢に対して批判をしていた。少々驚いた。「仕事仲間」と「取材対象」への批判なのだから。

乙武さんはライターの仕事もしていて、清原選手に今も密着取材を行っているようだ。スポーツルポの雑誌「Number」に掲載された文を読んだ事があった。清原選手の内面や言動を深い視点で捉えた暖かい文だったと記憶している。
彼を批判する(批判的な意見を書く)=今後、彼の取材が出来なくなる可能性もあるということ。にもかかわらず、今回批判の文をブログに掲載した。ここに乙武さんの問題提起への覚悟が感じられる。「書かずにはいられなかった」と最後にも記してあった。加えて自らも身を置くマスコミへの批判。仕事への影響は多からず少なからずでてしまうはず。大丈夫だろうか。

(「報復発言」自体への自分の感想は別に書くことにする)

ここからが本題。

乙武さんのブログに寄せられたコメントの殆どが肯定的な意見だった事に、少々違和感を感じた。反論意見を持ったものは30程のコメントの中で2、3だった。
【乙武さんのブログでは、否定的な意見もブログの内容に即していれば(またはあまりにも感情的なものでなければ)コメントとして削除する事はないと思う。そこは信じられる。】
「一般的に、ブログに対しては否定的あるいは懐疑的な意見よりも、肯定的な意見のほうが安易にコメントできる」と言えると思う。だから、肯定的な意見が集まるのも不思議ではない。

もう1回読んでみてわかった。肯定意見のうちの半分ほどが、乙武さんのブログに対しての感想を書くのではなく、「報復発言」に対しての自分の感想をかいてしまっているのだ。
なんかおかしい。歪曲している。かれらは肯定の立場を取るとみせかけて、乙武さんの意見を後ろ盾として取ってはいないか?
反論についても、乙武さんのブログの内容への反論は1つだけだった。あとは持論を展開した人への反論や意見の応酬だった。


ただ、「それらは本来ならば乙武さんのコメントの欄に書くべきものではない。持論は自分のブログに書けばいい。乙武さんの場所に好き勝手を書くな。」と言い切れるものなのだろうか?
ブログへのコメントは、誹謗中傷を除いた意見・賛同・反論、何でもありでないといけないはず。ましてやこれらの書き込みが、乙武さんのブログを読んで生まれたエネルギーによるものならば尚更だ。
ブログとはひろく意見を募集するためにはもってこいの場所でもある。
賛同や反論の一つとして、持論を展開するコメント書き込みはごく普通にどこのブログでもありえる。
意見の応酬についても、そこでやりあうしかない。そこにしか反論する元の文はないのだから。

問題は、持論を展開した人々に「乙武さんの意見の利用」という意識がない(であろう)事なのだと思う。
言い方を変えれば、「結果として、ここぞと持論を展開する形になってしまう」と言う事。

ブログを書く人は、読者の反応が知りたいという感情も持っている。
ブログは共通の趣味や感想をもった人々が楽しむ場所でもある。
けれどもブログは(インターネットやメールにも同じ事が言える)、「同じ時間軸における一方通行」のコミュニケーションであると言う事が出来る。
ましてやブログは、リアルタイムで更新され続け、時として(今回がそのような例だとは言い切れないが)ブログを書いた人間の意図しないところまで論点が発展してしまう事もある。
ブログは、100人が平等に物を言い合う場所ではない。1対その他の場所なのだ。ブログ本文、コメントに書いていること、全ては一般論たりえない。
しかし、書く者、読む者でその点をしっかりと意識している人は意外と少ないのではないだろうか。
乙武さんのブログを読んでいる人々がその点を読み違えない事を願った。

乙武さんのブログの内容が、身近な環境への批判というデリケートなものだっただけに、乙武さんの意見の幅を発展させてしまうような書き込みは控えるべきではないかと思った。これだけ沢山の肯定意見が集まると、まるでそれが一般論足りえるかのようなニュアンスをもってくる。
乙武さんは追加の意見をしっかりとコメントに書き込み、軌道修正を行おうとしていたので、その点は「さすが」と思った。
管理人としてそういうことをしっかり行えなければ、ブログを利用して意見を展開するべきではないのかもしれないとも考えさせられた。

んー、まだ釈然としないなあ。

20060422

20060422-kenobi*64 断っておきますが、推測で書いてますので。

こんな本が出版されるらしい。そう、最近話題の「あれ」、だ。

これ、色んな点で沢山突っ込みどころがあるわけだ。
面倒くさいので書かないけど(笑)。適切で確実な突っ込みができるほどの正確な知識もないし。

興味があるのは、法皇様のいる所がどんな見解を示すのか、ということ。

ここから転じて思うことが一つ。
「人間には、事実と記憶を一致させたくない時がある。あえて一致させない様にする事もある。それはきっと史実と伝記で、伝記が尊ばれるのと同じなのかもしれない」

情報求みます。

20060325

20060325-kenobi*50 読み返してみると

過去のブログを読み返すと、誤字や表現の稚拙さが目に付きますなぁ。

で、色んな所をいじっている。まあね。表現の仕方はそのときの正直な気持ちと勢いが重要であるから変えはしませんが。
ブログって、簡単にデザインとかを変えられるからいいねえ。大まかなデザインとか、それぞれの記事をカテゴリに分けて、カテゴリのタイトルをつけていくとか・・・。
こういうちまちまとした作業は嫌いじゃないんだよな。

ああ・・。やっぱりパソコンをいじる時間があるって素敵るんるん
音楽も楽に聴けるし。

20050912

20050911-kenobi*39 5分もかからない政権選択

土曜日、せっかくの休日だったのに、不在者投票に行きそびれた。
日曜日は仕事。なるべくならギリギリまで寝ていたい所だが、早く起きて選挙に行った方がいいなあ・・・。
と、考えていたが結局目覚ましは早めにセットせずに寝てしまった(おい)。

でも、土曜日にそんな事を考えていたせいか、セットしていた時間より15分早く起きれた。

行ってきました。投票。

帰ってきたら、なにやらえらい事になっている。
ようし、じゃあ、何でこういう結果になったのかを勉強しよう。

やっぱり投票に行くだけで、政治への興味が少しでも違ってくるものだね。
「この人(党)に投票しよう」と、色々考えて決めて、その後がまた違ってくる。
投票しなかった人は、興味を持つチャンスをみすみすつぶしていると思う。
・・・投票したからいえることだな、これは。あはは。

でも、そういうスタンスで投票してもいいでしょ。投票してから政治に興味をもってもいいと思うのだ。
ジャケ買いって言葉もある。

一応言っておくが、俺はしっかり考えたことは考えたのよ。
問題は、不在者投票と言う選択肢をすっかり忘れてたって事。
いかんいかん。

20050910

20050910-kenobi*38 アイデンティティ

第一に、アイデンティティの確立に目的を置いているかどうか、という問題もあるが、とりあえずそれは置いておく。


自分の考え方を主張したからと言って、その行為がアイデンティティの確立には繋がらない・・・という事にはならない。
人それぞれの手段があり、主張があって当然。

でも、主張をしたところで、どれだけの人が共感してくれるのだろうか。
逆にどれだけの人に共感してもらえれば満足なのか。
自分で読み返せばそれでいい?
じゃあ、トラックバックやコメントをもらって嬉しがっているモニターの前の俺は何?

自己満足でいいのか?いや、それもいやだ。
ちっちゃく細々と内輪で盛り上がれればいいのか?

と、ホームページを立ち上げてから閉じるまで、煩悶を繰り返してきた。

ま、結局、自分の世界に浸るのが好きなんですわ。
ただ、それを「公開」する事で、「人に見られても構わないよ。だからちっこい殻に閉じこもってるわけじゃないんだよ」という言い訳をするんです。繋がっていもしない全世界の人に対して。

でも、自分のホームページや日記は「聖域」で、「俺のホームページは俺のものだから、俺が何言っても俺の勝手だろ」みたいな強引な論理が働くわけ。

断っておきますが、こういう考え方に否定的なわけではありません。
人からの批判を無視する事は簡単です。
全て受け止める事は出来ないし、しようとも思わないけれど、批判を噛み砕くくらいの頭のよさを持ちたいものです。

手段はホームページやブログだけではない。
ただ、ホームページやブログでしか出来ない事もある。
目的に応じた手段を使い分けたい。

はい。バラバラです。
ブログを書き続ける事で、こういう自分のバラバラな思考をまとめられるようになれればいいなあ。
と言うのが、とりあえずの目的。

転じて、しばらくブログを書けなかったことに、ちょっとだけ後悔。
反省はしません。ブログに振り回されたくないから。

20050831

20050831-kenobi*36 方言&言葉遊び

マシューのテレビで、「なまり亭」という企画をやってるのを見て一つ。
長野県の、母方の実家の地方では、こんな言葉遊びがあります。

「せったせえばせわねせうし、せわねせえばせったせうし、せったかせわねかせってみろ!」わかりやすく区切ると、
「せった せえば せわね せうし せわね せえば せった せうし せったか せわねか せってみろ!」


訳。マウスで選択して反転してください(そんな大層な物でもありませんがね)。
言ったって言えば言ってないって言うし、言ってないって言えば言ったって言うし、言ったのか言ってないのか言ってみろ!」



「言う」とせうのを、「せう」ってせうんですねえ。


でも、東北や九州に比べると、あまり方言ががないんですよね。
地元に帰って思いっきり方言で話せる人が、ちょっとうらやましい。

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